バンコク(タイ)で学んだこと ルールと社会のバランス

今年2月に出張でタイのバンコクに行ってきた。

タイ出張は4回目だけど、今回は週末をバンコクで一人ぶらぶらしたので、その中で感じたことを書きます。

とにかくバンコクでの車の運転がすごい。

渋滞も多く、交差点では割り込んだり、路肩を走ったり、逆走したり、けっこう無茶苦茶。

その合間を縫って、バイクもギャンギャン走ってる。

しかもノーヘルの人が多い!

 

 

それでも、阿吽の呼吸で事故は起こらない。(実際に事故は起こっているのだろうけど、少なくとも自分が過ごした1週間では一回も見なかったし、自分が見たあの環境で何も起きていないことが衝撃だった)

 

割り込まれても、人が横断しても、クラクションひとつ鳴らさずに待ってくれる。

みんな、心に余裕があるのかな。

とにかく怒ってる人がいない。

 

そう思うと、日本に比べて精神状態が良い様に感じる。自分も含めて、日本はイライラしている人が多すぎる気がする。

 

本で読んだんだけど、規制をすればするほどモチベーションは下がっていくって。

本当にそうだと思う。ルールがありすぎると、そのルールに従うだけで自分で考えることをやめてしまう。

 

 

タイでは、歩行者が道路を渡るとき、車の隙間を縫って渡るんだけど、走っちゃダメなんだって。

走ると転んだりして想定外の動きになった時にドライバーが対応できないからと、バンコク駐在の人が説明してくれた。

歩いていれば、これもまた阿吽の呼吸でお互いギリギリを攻めてやり過ごす。

 

 

ルールに縛られすぎた日本では、こういうギリギリなことをやらない。社会がやらせてくれない。だから感覚が鈍って、同じことができなくなる。

そして、気がついたら信号に頼るだけになり、考えることをやめる。思考が停止する。

完全に負のスパイラルだと思う。

 

 

私は、決してタイの様な運転マナーを勧めているのではない。

だけど、日本での生活は安全で快適なはずなのに、どうしてこんなにもイライラして、笑顔の少ない人が多いんだろう。

 

きっと、庶民のことを考えたルールではなくて、責任逃れの為のルールが多いからだと思う。

 

例えば、信号のない交差点で交通事故があった場合、被害者やその家族が、信号がないからこんなことになったのだと市町村にクレームを出す。

そして、市町村はその交通事故の対策として、信号を設置する。信号を設置すれば、クレームを言われることがなくなるからだ。

でも実際は、信号が必要なほど交通量も多くないし、むしろ無駄に待つ時間が増えて運転者や歩行者がイライラしている。(もちろん、高齢者など、安心して道を渡れることで喜んでいる人がいることも事実ではあるが)

極端に言うと、こういうことが日本では起きていて、みんなが心から気持ち良く暮らしていくことが難しい社会になっているんだと思う。

 

何か起きた時に、まわりの環境をいろいろ口にするのも悪いとは言わないけど、まずは自分ができる範囲で、変えられることを変えれば良いと思う。

必要以上にまわりの人や環境を責めるのはやめて、自分が変えられることを変えて、あとは楽しく生きることに集中した方が人生絶対楽しいよね!

 

憎む時間も楽しむ時間も同じ時間。

それならやっぱり楽しい時間に変えた方が気持ち良いよね!

そうやってみんなが心に余裕を持って、人生楽しむことに集中している社会になれば、自然と責め合うことは減って、助け合いができる社会になると思う。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください